今日もクロアチア事情から見てみよう。
このことがハンガリー王ラースロー1世の介入を招き、次のハンガリー王カールマーンが、1102年クロアチア・ダルマチアの王として戴冠
を受けた。これによって、クロアチア(ここでのクロアチアはザグレブを中心とする地域)とスラヴォニアはハンガリー王国との同君連合
の枠組みの中に組み込まれた。ハンガリー王はクロアチアに広範な自治を認め、その際におかれた太守(総督)はバン(バーン)と呼ばれ
た。
<お役立ちブログ>
秘伝!英語ペラペラ術
リスニング習得の秘訣
フレーフレー!TOEIC
英語ディベート入門
七転八倒!英会話
TOEIC
SIM
ニューズウィーク
【日記の最新記事】

